日本での介護士の道を選んだUtiさんとの出会い

こんにちは、よっぴーです。実は半年近く前になるのですが強烈に記憶に残っている出会いがあり、それを書き留めておきます。

日本がASEAN諸国と始めたEPA(経済連携協定)のプログラムで、介護士として日本で働いていた女性、Utiさん(写真左)です。

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EPAとは

EPAとは、Economy Partnership Agreementの略・経済連携協定のことでASEAN諸国と日本がそれぞれ結んでいる協定です。

日本・インドネシア経済連携協定は、貿易及び投資の自由化及び円滑化、自然人の移動、エネルギー及び鉱物資源、知的財産、ビジネス環境の整備等の幅広い分野での協力等について2国間で締約した協定で、2008年7月1日に発効しました。(日本・インドネシア経済連携協定

この協定の一環として、看護師・介護士の候補生としてインドネシアから日本へ毎年渡っています。

以前はEPAで日本に行きたい人に会ったことなどもありました。

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彼女との出会い

彼女と会ったのは週末に遊びに行った中部ジャワ・スマランでのこと。宿のロビーでたまたま隣に座ろうとしたときこんな感じだったんです。

自分「Pinjam kursi ya, mbak(椅子借りますねー)」
Utiさん「あ!すみません!どうぞ!Ah, maaf!!!!」
自分「え、なんで私が日本人ってわかるんですか?」
Utiさん「え、日本人なんですか!ただ間違って思わず日本語が出ちゃって…」

Utiさんは、昨年までEPAの制度を利用し、日本の老人ホームで勤務していたのです。

自分に気づいてくれたわけではなく、日本での生活していた名残が出てしまったようです。自分が日本人だとバレバレなのかと驚きました。

お互い時間が空いていたので、そのまま話し込んで彼女の経験を伺いました。

なぜ彼女はEPAを選んだか

高校卒業後、看護学科に進んだUtiさん。卒業を目前としたタイミングでEPAへの参加を決めました。

地元で看護師として働いても給料は9,000円程度。せっかく勉強を頑張ってきたのにそれしか貰えないのなら…、とEPAの制度を知って応募したようです。

地域や業種別に毎年発表される最低賃金(UMR)ですが、企業などではない限り、地方では守られていないこともまだまだあるようです…。

日本文化に興味があるからという理由ではなく待遇を理由にEPAを受けることを決め、日本語を全く勉強したことがないところからのスタートだったそうです。

日本での生活は?

元々は看護を専攻し、その後日本で働いたUtiさん。

介護のお仕事については、「インドネシアでは家族でサポートする、介護もするのが当たり前だからおじいちゃんやおばあちゃんのサポートは苦では無かったですよ。でも日本のお年寄りは元気だから力がとっても強い!」と笑って話してくれました。
家族の介護経験もない自分は、仕事としての介護も全く想像がつきません。

もちろん国民性もあるだろうし、Utiさんの器の広さも感じました。

サポートし合う文化が今も残っているインドネシアだからEPAでこういった取り組みが為されているのかもしれないと、この制度についてプラスの印象を初めて持ちました。

今の彼女の生活

最長四年候補生として働きながら国家試験に挑戦するわけですが、、試験に受かることが出来ずに最終的には帰国し、いまはEPAを目指す若者へ日本語教育をしています。

こんなにキラキラした目としっかりとした言葉で日本の生活を伝えてくれる先生との勉強は、きっと生徒に良い影響を与える先生なんだろうなーと思います。

たまたま宿で隣の席に座っただけなのですがすごく印象的な出会いになりました。たぶん2時間くらいぶっ続けで話してたかな、日本でのいろいろな経験や想いをシェアしてくれました。

「お仕事は大変だけれど、自分の稼いだお給料で生活できるのはすごく幸せだし、日本は楽しかったですよ」というUtiさんの言葉を思い出すと、自分の今の環境への感謝の気持が溢れ出します。

違う街に住んでいるので、なかなか会えそうにはないですがいつか会いに行きたいな。

EPAや技能実習生の経験がある友人は少ないのですが、実はもう少し交友関係を広げれば周りにいるんだろうなー。今回はちょっとした思い出ばなし?でした。

それでは、さんぱいじゅんぱ!